カンヌ大好き日本人、カンヌ映画祭で賞を取った映画は結構話題になって大々的に宣伝される。『鬼子来了! (鬼が来た!)』は2000年のカンヌ映画祭でグランプリを取ったのに、主演は日本人の香川照之というのに、地味に単館で上映されておわってしまった作品である。
そりゃそうだよな。中国人が監督で、第二次世界大戦中の日本軍の兵隊が主人公だもんな。戦争やって上陸している中国で、農村に住み込んでとけ込んでしばらく生活したんだけど、やっぱり日本軍に帰っていく、てな話だもの。別に反日映画ってわけでもないけど、戦争の狂気はしっかり描かれてる、と私は思うんだが、戦時中の日本軍がなにをやったかって話は結構デリケート。このご時世、派手に宣伝するのは難しかろう。
さてはて映画の内容はおいといて、撮影中ぶち切れそうだった香川照之による日記をまとめたのが本書。4ヶ月、中国人スタッフらと共に過ごしたというが、日本の映画撮影の常識はまったく通用しない世界なんである。
読むだにすさまじい。衣装をなくす衣装部だとか、オートリバースのカセットテープレコーダーの使い方がわからない助監督だとか。言葉は通じず通訳はいい加減。宿ではお湯がでたりでなかったり、メイドたちは客の歯ブラシを捨ててその上に痰をはくありさま。映画ではロバと馬のファックシーンがでてくるが、これは合成ではなく、媚薬を使って無理矢理撮影したものだという。そんな現場を一人で仕切っていたのが監督の姜文。
中国おそるべし、なんである。無茶苦茶な人たちから映画が生まれる過程が記録されている。
国情のちがいというのはまだまだあって、それらは明らかに画面にあらわれる。東アジアといえども文化の違いやら人の考え方の違いというは少なからずある、というのはあちこち旅行していても感じられることである。仕事として滞在するとそれらの違いがストレスとしてのしかかるというのは当然のことであろうが、そのストレスを映画にとりこんで昇華させる手法には恐れ入る。おそらくは結果的なものなんだろうけど。
香川照之、常に怒ってるんだが、一方で映画への愛情のようなものが伝わってくる。その情熱に呑まれてもう一度、『鬼が来た!』を見たくなってくるのであった。
『中国魅録 「鬼が来た!」撮影記録』
香川照之 著 キネマ旬報社 2002年4月(本体 2000円)